退職した元従業員から残業代の請求を受けて弁護士に交渉を依頼し,請求額を大幅に下回る金額で解決できた事例
1.残業代対応事例の紹介
配送業を営むY社は,突然,元従業員より依頼された弁護士からの未払残業代として約500万円を請求する内容の通知が届き,大栗法律事務所に事件を依頼しました。
弁護士からY社にヒヤリングを行ったところ,元従業員が勤務していた営業所にはタイムカードがないものの固定残業代を支払っているとのことでしたが,雇用契約書等の内容から固定残業代を支払う旨の合意があったことを裏付ける資料はなく,残業代請求を減額する事情が極めて少ない事案でした。
弁護士は,元従業員が依頼した弁護士との間で任意交渉を行ったところ,その弁護士によれば,残業代請求の根拠は,元従業員の妻が毎日付けていたとする日記に記載されていた元従業員の帰宅時刻から算出したとのことでした。
任意交渉では合意に至らず訴訟に発展しましたが,訴訟において,従業員の妻が毎日記載していたとする日記の不自然性,実際の労働時間との矛盾を証明し,結果として請求額の5分の1の金額で和解が成立しました。
2.残業代請求の注意点
⑴ タイムカード
残業代請求において,労働時間の立証責任は労働者側にありますが,退社時刻を記載していた日記等があり,会社側がその信用性を覆すことができないような場合,日記等に記載された退社時刻どおりに労働時間が認定される可能性があります。
そこで,会社は,タイムカード等で労働者の労働時間が明確になるように管理するとともに,タイムカード等に打刻された時刻が実際の労働時間と一致するように労務管理することをお勧めします。
⑵ 固定残業代の有効性
給与明細等により固定残業代を支払っていたとしても,必ずしもこれが有効になるとは限りません。
固定残業代の有効性が否定された場合のリスクは大きいといえます。すなわち,固定残業代として必要な要件を満たさない場合,これまで固定残業代により支払済みとして扱ってきた残業代を改めて支払わなければならないだけではなく,固定残業代として支払っていた金額は残業の有無に関わらず支払われるべき基本給として扱われますので,残業代計算の基礎となる基本給の金額が(固定残業代として支払っていた金額分)増額され,会社が想定していた残業代よりも多額の残業代を支払わなければならなくなります。
固定残業代の有効性が認められるためには,会社と従業員との間で固定残業代に関しての合意があるだけではなく,①当該手当が実質的に時間外労働の対価としての正確を有していること,②通常の労働時間の賃金にあたる部分と当該手当を判別することができ,かつ,全社を基礎とした実労働時間に対応する割増賃金が後者を上回っているか否かを判断することができること,③上回っている場合には別途不足する割増賃金が支払われている実態があることが必要になります。
3.弁護士からのアドバイス
上記の事案において,元従業員の妻の日記に記載されていた元従業員の帰宅時刻の信用性を覆すことができなければ,実際の労働時間とは異なる多額の残代請求が認められる可能性があります。
このような事態にならないためにも,たとえば固定残業代を導入するのであれば,その導入時において,弁護士等の専門家からアドバイスを受けることをお勧めします。
また,万が一訴訟に至った場合には,法廷の場で日記等の資料の信用性を覆すことは,実際の労働時間との比較,資料内容の矛盾,不自然さなど多角的な視点が必要になりますので,残業代対応に精通している弁護士に依頼することをお勧めします。